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旧交温めますか
どうも、ADUです。
歳末ですね。
つまり、この2016年も既に1/3が過ぎ去ったということ。
個人的にはまだ新年気分が残っていたりするのですが。
こわいこわい。
ブログの記事を書くたびにジャネーの法則を引き合いに出している気がする今日この頃でござる。
先週の土曜日だが、高校時代の友人らと同窓会、とまでは言わないまでも、ちょっと飲んできた。
俺が本格的にオタクカルチャーに触れたのはきっと、というよりも間違いなく、高校時代がターニングポイントとなっている。
中学時代からその素養は持っていたのだが、それが開花したのは奴らとの日々を過ごしたからだ。
俺にとって「何をするか」は大切だが「誰とするか」というのはそれ以上に重要である。
と、これだけ書いてもわかりづらいだろう。
要は、俺は孤高の探究者にはなれない、ということ。
俺は色々と趣味の範囲が広いと思う。
虫を採ること、小説を書くこと、TRPGやること、プラモを作ること、石を集めること……そんなに広くもねぇな。
スポーツや芸能や音楽や邦画やドラマに一切の教養がないし。
ともあれ、そのくらいの範囲内であれば、それなりに語ることができる。
大学時代には、主にゲームに耽溺した。
ポケモンをやった。MHFをやった。それは何故かと問われれば、それを語る相手がいたからだ。
MHFにしたってそうだ。知り合いにやっている人間がいたりして、そのスキル構成や武器のバランス調整に文句を言ったり組み合わせを語ったりした。結局、MHFは猟団員が少しずつ抜けて行って解散したところでやめてしまった。
ポケモンとて、対戦したり技構成を語らう相手がいなくなった現状ではそのモチベーションは極めて低い。
大学院に上がって、一躍トップに躍り出たのは虫だった。
元より虫は当然好きだった。好きだったが、先輩や後輩、周囲のほとんどが虫の話で盛り上がれた。
休日は毎週のように、とまでは言わないまでも採集に行き、それどころか休日以外も休日にして虫を追いかけた。
語る相手を探そうと思えばいくらでもいる。
ただ、周囲の人と、日常的にその内容で話せるのか、それが重要。
そして社会に出て。
大学時代の友人との付き合いは未だにあるというか毎晩のようにSkypeでチャットしているんだが。ちなみに最近のSkypeでの会話内容はもっぱらFGOである。これもまた、他の連中がやってなければ絶対に続いていない。
そもそも、職場の人間と趣味の話などできない。ある程度虫の話に興味を持ってはもらえるが、相互的に語れない。
では、スポーツなどの趣味に移るか。
否。
今は二十一世紀、SNSの全盛期である。
そう、Twitterである。
そしてTwitterでどんな話題が中心になったか。
創作である。
だからこそ、俺は今、創作に傾倒している。
いやお前ガンプラとかめっちゃ作ったりTRPGやったりしてて結構浮気してるよね、とかは不粋なツッコミである。
主な語らいの場がSNSである、というのは寂しいことと言われるのかもしれないが、別に自分の中では充実してるので構わんのだ。
同人誌も出したし、それ以外でも色々な創作活動をしていきたいと思い続けている。
もし職場に虫屋が来たら、一緒に虫を採りに行って虫に傾倒するかもしれないし、TRPGヤーが来たらTRPGマンになるかもしれない。
一人でも、興味がなくなったり、嫌いになったりといったわけではない。ただどうしても、他者とそれについて話すことが好きなので、そちらに流れがちになるということなのだ。
話を戻そう。
高校一年の頃、俺はかなりボッチだった。今考えると本当にかなりボッチだった。
全体的に体育会系のノリが強くついていけなかったし、中学時代の友人と休みに遊んだりするのがメインで、もっぱらライトノベルを読んでばかりいた。
ちなみにライトノベルを読んでいたのもどこぞのSS投稿掲示板とかその辺の影響である。
二年になって、ライトノベルという共通の趣味から明確に「友人」と言える存在ができた。友人Eである。ちなみにそいつとは大学も一緒で、今でもオルフェンズみながらSkypeチャットしたり、TRPGやったりする仲である。
そしてこの当時に知り合ったのが、今でも付き合いの続く高校時代の友人たちである。
あれは、確か二年の序盤、まだ春が終わりきらないような時期のことだったと思う。
班ごとに分かれて鎌倉で遠足というか、見学をするイベントがあった。
当然、俺たちは仲の良い連中同士で一緒に班を組んだわけだが、その中で先述の友人が盛大に寝坊して遅刻してきた。
それを待つ間、どこぞの寺でだらけていたわけだが、班員の一人、友人Kが、ライトノベルを読んでいた。
何を読んでいるのか。そう聞いたのも、ひとつの転機だったのではないだろうか。
その本は、
空の境界
というタイトルだった。
当時、俺はTYPE-MOONというものをほとんど知らなかった。
SS投稿掲示板で、クロスオーバーものとかにやたらと『Fate』なるものが出てくるのは知っていたが、その内容までは知らなかったのである。
それをきっかけに、俺はTYPE-MOONを知った。
はじめて触れた型月作品は空の境界ということになる。
ちなみにKに月姫を貸してくれと言ったところ、貸されたディスクに入っていたのは……
夜 明 け 前 よ り 瑠 璃 色 な
確かに月で姫なんだけどさぁ。
つまり、俺をエロゲーに引き合わせたのはあ奴である。
当時何歳とかそういう細かいことは気にしてはいけない。
いけない。
キャベツも見た。酷かったねあれ……。
他にも3daysとかもあの頃に。
うん、ああいう作品大好き。Lass作品全部やったもんよ。
ちなみに俺がはじめて書いたゲームシナリオは、大学時代に書いた11eyes Resona forma用のユーザー投稿シナリオである。今考えるとめちゃくちゃ短かった上に一切エロなかったけど。今でも多分Story Editorのどこかに眠ってる。
ちなみに、高校一年の頃にそこまで仲の良くなかった奴のうちの一人、友人Sが、二年でクラスが離れた間に覚醒したらしく、三年になって再会したときにはエロゲキチに成り果てていた。本当にアレは酷かった。
ともあれ、大学時代にはそうしてエロゲ好きな連中と出会い、今でも付き合いを続けているというわけである。
Sとは、俺が大学に入学し、奴が予備校に通うようになってからも付き合いは続いた。
というかあの野郎、予備校がお茶の水なのをいいことに毎日のように秋葉原に行くわ、俺のことを二日に一回くらいのペースで呼び出すわ。
当時、俺は一週間に三日くらい秋葉原に行っていた。今考えると何をしていたんだろうという感じがするが。
で。
先日一緒に飲んできたのはそんな中のKとS。
俺をエロゲの世界に引き入れた諸悪の根源ズとも言える。
今、何をしているのか。
他の連中は何をしているのか。
今と昔の話をしてきた。
高校時代が既に七年、八年も前だと改めて考えると、本当におっさんになってきたなぁ、という気持ちになる。
連中は変わってなかったし、きっと俺もそう変わってはいなかったのだろう。
俺は孤独が苦手だ。一人で何かを追求し続けることはできない。
俺にとって、高校時代の思い出が輝かしいものであるのは、あいつらと出会えたからだ。
そして今の俺があるのは、あいつらのせいであり、おかげでもある。
長い友人関係だから良いというものではない。
でも、変わらない、安心できる関係というのは、俺にとって心地良い。
まさに実家のような安心感。
いや今も実家暮らしだけし実家にいづらいとかそういうことではないんだが。
まぁなんというか。
たのしかった。
歳末ですね。
つまり、この2016年も既に1/3が過ぎ去ったということ。
個人的にはまだ新年気分が残っていたりするのですが。
こわいこわい。
ブログの記事を書くたびにジャネーの法則を引き合いに出している気がする今日この頃でござる。
先週の土曜日だが、高校時代の友人らと同窓会、とまでは言わないまでも、ちょっと飲んできた。
俺が本格的にオタクカルチャーに触れたのはきっと、というよりも間違いなく、高校時代がターニングポイントとなっている。
中学時代からその素養は持っていたのだが、それが開花したのは奴らとの日々を過ごしたからだ。
俺にとって「何をするか」は大切だが「誰とするか」というのはそれ以上に重要である。
と、これだけ書いてもわかりづらいだろう。
要は、俺は孤高の探究者にはなれない、ということ。
俺は色々と趣味の範囲が広いと思う。
虫を採ること、小説を書くこと、TRPGやること、プラモを作ること、石を集めること……そんなに広くもねぇな。
スポーツや芸能や音楽や邦画やドラマに一切の教養がないし。
ともあれ、そのくらいの範囲内であれば、それなりに語ることができる。
大学時代には、主にゲームに耽溺した。
ポケモンをやった。MHFをやった。それは何故かと問われれば、それを語る相手がいたからだ。
MHFにしたってそうだ。知り合いにやっている人間がいたりして、そのスキル構成や武器のバランス調整に文句を言ったり組み合わせを語ったりした。結局、MHFは猟団員が少しずつ抜けて行って解散したところでやめてしまった。
ポケモンとて、対戦したり技構成を語らう相手がいなくなった現状ではそのモチベーションは極めて低い。
大学院に上がって、一躍トップに躍り出たのは虫だった。
元より虫は当然好きだった。好きだったが、先輩や後輩、周囲のほとんどが虫の話で盛り上がれた。
休日は毎週のように、とまでは言わないまでも採集に行き、それどころか休日以外も休日にして虫を追いかけた。
語る相手を探そうと思えばいくらでもいる。
ただ、周囲の人と、日常的にその内容で話せるのか、それが重要。
そして社会に出て。
大学時代の友人との付き合いは未だにあるというか毎晩のようにSkypeでチャットしているんだが。ちなみに最近のSkypeでの会話内容はもっぱらFGOである。これもまた、他の連中がやってなければ絶対に続いていない。
そもそも、職場の人間と趣味の話などできない。ある程度虫の話に興味を持ってはもらえるが、相互的に語れない。
では、スポーツなどの趣味に移るか。
否。
今は二十一世紀、SNSの全盛期である。
そう、Twitterである。
そしてTwitterでどんな話題が中心になったか。
創作である。
だからこそ、俺は今、創作に傾倒している。
いやお前ガンプラとかめっちゃ作ったりTRPGやったりしてて結構浮気してるよね、とかは不粋なツッコミである。
主な語らいの場がSNSである、というのは寂しいことと言われるのかもしれないが、別に自分の中では充実してるので構わんのだ。
同人誌も出したし、それ以外でも色々な創作活動をしていきたいと思い続けている。
もし職場に虫屋が来たら、一緒に虫を採りに行って虫に傾倒するかもしれないし、TRPGヤーが来たらTRPGマンになるかもしれない。
一人でも、興味がなくなったり、嫌いになったりといったわけではない。ただどうしても、他者とそれについて話すことが好きなので、そちらに流れがちになるということなのだ。
話を戻そう。
高校一年の頃、俺はかなりボッチだった。今考えると本当にかなりボッチだった。
全体的に体育会系のノリが強くついていけなかったし、中学時代の友人と休みに遊んだりするのがメインで、もっぱらライトノベルを読んでばかりいた。
ちなみにライトノベルを読んでいたのもどこぞのSS投稿掲示板とかその辺の影響である。
二年になって、ライトノベルという共通の趣味から明確に「友人」と言える存在ができた。友人Eである。ちなみにそいつとは大学も一緒で、今でもオルフェンズみながらSkypeチャットしたり、TRPGやったりする仲である。
そしてこの当時に知り合ったのが、今でも付き合いの続く高校時代の友人たちである。
あれは、確か二年の序盤、まだ春が終わりきらないような時期のことだったと思う。
班ごとに分かれて鎌倉で遠足というか、見学をするイベントがあった。
当然、俺たちは仲の良い連中同士で一緒に班を組んだわけだが、その中で先述の友人が盛大に寝坊して遅刻してきた。
それを待つ間、どこぞの寺でだらけていたわけだが、班員の一人、友人Kが、ライトノベルを読んでいた。
何を読んでいるのか。そう聞いたのも、ひとつの転機だったのではないだろうか。
その本は、
空の境界
というタイトルだった。
当時、俺はTYPE-MOONというものをほとんど知らなかった。
SS投稿掲示板で、クロスオーバーものとかにやたらと『Fate』なるものが出てくるのは知っていたが、その内容までは知らなかったのである。
それをきっかけに、俺はTYPE-MOONを知った。
はじめて触れた型月作品は空の境界ということになる。
ちなみにKに月姫を貸してくれと言ったところ、貸されたディスクに入っていたのは……
夜 明 け 前 よ り 瑠 璃 色 な
確かに月で姫なんだけどさぁ。
つまり、俺をエロゲーに引き合わせたのはあ奴である。
当時何歳とかそういう細かいことは気にしてはいけない。
いけない。
キャベツも見た。酷かったねあれ……。
他にも3daysとかもあの頃に。
うん、ああいう作品大好き。Lass作品全部やったもんよ。
ちなみに俺がはじめて書いたゲームシナリオは、大学時代に書いた11eyes Resona forma用のユーザー投稿シナリオである。今考えるとめちゃくちゃ短かった上に一切エロなかったけど。今でも多分Story Editorのどこかに眠ってる。
ちなみに、高校一年の頃にそこまで仲の良くなかった奴のうちの一人、友人Sが、二年でクラスが離れた間に覚醒したらしく、三年になって再会したときにはエロゲキチに成り果てていた。本当にアレは酷かった。
ともあれ、大学時代にはそうしてエロゲ好きな連中と出会い、今でも付き合いを続けているというわけである。
Sとは、俺が大学に入学し、奴が予備校に通うようになってからも付き合いは続いた。
というかあの野郎、予備校がお茶の水なのをいいことに毎日のように秋葉原に行くわ、俺のことを二日に一回くらいのペースで呼び出すわ。
当時、俺は一週間に三日くらい秋葉原に行っていた。今考えると何をしていたんだろうという感じがするが。
で。
先日一緒に飲んできたのはそんな中のKとS。
俺をエロゲの世界に引き入れた諸悪の根源ズとも言える。
今、何をしているのか。
他の連中は何をしているのか。
今と昔の話をしてきた。
高校時代が既に七年、八年も前だと改めて考えると、本当におっさんになってきたなぁ、という気持ちになる。
連中は変わってなかったし、きっと俺もそう変わってはいなかったのだろう。
俺は孤独が苦手だ。一人で何かを追求し続けることはできない。
俺にとって、高校時代の思い出が輝かしいものであるのは、あいつらと出会えたからだ。
そして今の俺があるのは、あいつらのせいであり、おかげでもある。
長い友人関係だから良いというものではない。
でも、変わらない、安心できる関係というのは、俺にとって心地良い。
まさに実家のような安心感。
いや今も実家暮らしだけし実家にいづらいとかそういうことではないんだが。
まぁなんというか。
たのしかった。
そうさくとひょうろん
どうもADUです。実は一年越しに書いてた小説がとりあえず完成しました。
あ、夢現抱擁じゃないですはい。
さっそく本題。思いついたことつらつらなので読みづらくてもご容赦。
美術評論家が優れた美術家というわけではない。
もちろん、それを両立する者はいるだろうし、優れた美術家ならば評論もできるように思う。
評論家というものを批判するわけではない。だが、評論家というのは魅力の発信者ではない。布教者ではない。
もちろん、分析に意味がないなどとは思わない。
自分は一体、魅力的に感じた作品の、どの部分に魅力を感じたのか。それを分析することで、その魅力を保ったままにまったく別の作品を生み出すこともできる。
逆にそれが不十分だと、中途半端に似ただけの、魅力のないものにもなりかねない。
たとえばクロスアンジュが好きな人がいるとしよう。そんな人に何を勧めるか。
福田監督作品が好きならSEEDを見ればいいし、
声優陣が好きならドッグデイズを見ればいいし、
歌って戦うロボットが好きならマクロスを見ればいいし、
歌って戦う水樹奈々が好きならシンフォギアを見ればいいし、
感度三千倍にされるヒロインが好きなら対魔忍シリーズでもやればいい。
どこに自分が魅力を感じたのか、という自己分析は、楽しむためのチョイスもそうであるし、当然のように作品を作るにおいてはより重要だ。
ただし例示しておいてアレだけど、クロスアンジュに似たものをと言われて勧められる作品ねぇぞ……。
『オークに犯されて人外の快楽に屈服し虜となる女騎士』という作品があるとする。
オークに犯されるシチュが好きなのか、人外の快楽に屈服するシチュが好きなのか、快楽の虜となるシチュが好きなのか、屈服する女騎士が好きなのか。これだけの短い文章であっても抜き出せる要素は多いし、人の嗜好というのは個々の属性だけで決まるものではない。
上記の場合であれば、オークに犯される女騎士が好き、オークでなくてもいいけど人外に犯される女騎士が好き、いや別になんでもいいけどとりあえず女騎士が好き、など。複数の属性が組み合わさってこそ魅力を感じる者もいる。
魅力を感じる対象はシチュや属性ではなく、そのイラストの線であったり、色使いであったり、文章の文体であったり、内面描写を主体とする書き方であったりもする。
同じ作品に魅力を感じたところで、同じ部分に魅力を感じているとは限らないのである。
これはもちろん、自分が好きというだけでなく、どこが他人に好かれたのか、という他者分析にも繋がる。
創作において、ただ自分の好きなものを突き詰める。というのは大切だと思う。しかし同時に、他人にも好きになってもらいたいと思う気持ちは当然のものだ。もっと言うと、商売においては他人に好かれてナンボである。
とはいえ、自分が魅力を感じないものを作っても、ここが自分の推しポイント、こだわりを持たずに作ったものは、薄っぺらい。
技術や理論だけでそれを魅力的に見せられる人は本当に凄いと思うが、逆に言えば、それだけの力がないならば、自分のこだわりを乗せて作るべきだと思っている。
特にエロの世界については、こだわりがあってこそのものだと思う。
自分は興味が薄いけど、他人に好かれる要素だから入れる。
これ自体は悪いとは言わない。だが、そこに好きな要素もあってしかるべきだと思うわけだ。
創作という土俵において、汎用的な分析に意味なんてない。
自分はここが好きだ。あれのあそこが好きなキミなら、これのここにも魅力を感じるのではないか。そんな個々への分析があってナンボではないか。そんな風に思う。
あ、夢現抱擁じゃないですはい。
さっそく本題。思いついたことつらつらなので読みづらくてもご容赦。
美術評論家が優れた美術家というわけではない。
もちろん、それを両立する者はいるだろうし、優れた美術家ならば評論もできるように思う。
評論家というものを批判するわけではない。だが、評論家というのは魅力の発信者ではない。布教者ではない。
もちろん、分析に意味がないなどとは思わない。
自分は一体、魅力的に感じた作品の、どの部分に魅力を感じたのか。それを分析することで、その魅力を保ったままにまったく別の作品を生み出すこともできる。
逆にそれが不十分だと、中途半端に似ただけの、魅力のないものにもなりかねない。
たとえばクロスアンジュが好きな人がいるとしよう。そんな人に何を勧めるか。
福田監督作品が好きならSEEDを見ればいいし、
声優陣が好きならドッグデイズを見ればいいし、
歌って戦うロボットが好きならマクロスを見ればいいし、
歌って戦う水樹奈々が好きならシンフォギアを見ればいいし、
感度三千倍にされるヒロインが好きなら対魔忍シリーズでもやればいい。
どこに自分が魅力を感じたのか、という自己分析は、楽しむためのチョイスもそうであるし、当然のように作品を作るにおいてはより重要だ。
ただし例示しておいてアレだけど、クロスアンジュに似たものをと言われて勧められる作品ねぇぞ……。
『オークに犯されて人外の快楽に屈服し虜となる女騎士』という作品があるとする。
オークに犯されるシチュが好きなのか、人外の快楽に屈服するシチュが好きなのか、快楽の虜となるシチュが好きなのか、屈服する女騎士が好きなのか。これだけの短い文章であっても抜き出せる要素は多いし、人の嗜好というのは個々の属性だけで決まるものではない。
上記の場合であれば、オークに犯される女騎士が好き、オークでなくてもいいけど人外に犯される女騎士が好き、いや別になんでもいいけどとりあえず女騎士が好き、など。複数の属性が組み合わさってこそ魅力を感じる者もいる。
魅力を感じる対象はシチュや属性ではなく、そのイラストの線であったり、色使いであったり、文章の文体であったり、内面描写を主体とする書き方であったりもする。
同じ作品に魅力を感じたところで、同じ部分に魅力を感じているとは限らないのである。
これはもちろん、自分が好きというだけでなく、どこが他人に好かれたのか、という他者分析にも繋がる。
創作において、ただ自分の好きなものを突き詰める。というのは大切だと思う。しかし同時に、他人にも好きになってもらいたいと思う気持ちは当然のものだ。もっと言うと、商売においては他人に好かれてナンボである。
とはいえ、自分が魅力を感じないものを作っても、ここが自分の推しポイント、こだわりを持たずに作ったものは、薄っぺらい。
技術や理論だけでそれを魅力的に見せられる人は本当に凄いと思うが、逆に言えば、それだけの力がないならば、自分のこだわりを乗せて作るべきだと思っている。
特にエロの世界については、こだわりがあってこそのものだと思う。
自分は興味が薄いけど、他人に好かれる要素だから入れる。
これ自体は悪いとは言わない。だが、そこに好きな要素もあってしかるべきだと思うわけだ。
創作という土俵において、汎用的な分析に意味なんてない。
自分はここが好きだ。あれのあそこが好きなキミなら、これのここにも魅力を感じるのではないか。そんな個々への分析があってナンボではないか。そんな風に思う。
エロカッタシージーシュウ紹介「ラビットサイレンス」
どうもADUです。
いつもネタがないないと言ってよくわからないことばかり書いているので今日は同人作品紹介。
ラビットサイレンス-エージェント発情洗脳計画-
宮代さんのサークル、我が家の黒歴史のCG集。
その心、身体が淫らに変質してゆくさまがじっくりと描かれている。
正義の心を持った優秀なエージェントが邪悪な欲望の前に抗い切れずに堕ちてゆく。
もうそのフレーズだけでエロい。俺がそういう作品どれくらい好きかっていうと、そんなもん淫落の隷華を見てもらえばすぐわかるくらい好きだ。
スタイリッシュかつ扇情的なスーツのデザインがスケベに改造されてぴっちりスケスケに。うむ、エロい。
特にふともも、というか鼠蹊部と腋。執念すら感じるくらいエロい。
あんまり内容について言及するとネタバレになるから言わないんだが。
やはりすけすけぴっちりスーツでさらに乳首クリ勃起状態で発情しているのにそれを必死に我慢しようとする無w駄wwなwww努wwwww力wwwwwはエロいよね。
奇をてらった意外な展開というようなものはないが、もちろんそれでいい。エロいんだからそんなものいらない。
キャラやスーツのデザインや展開、そしてイラストの魅力は言うまでもないながら、流石と言うべきなのは演出面もか。
ヒロインの精神状態を表わすようなセリフや心理描写の揺らぎは、地の文がないにも関わらず、言葉面以上に状況を感じられる。
その一個手前も好きだったんだけど、どちらかといえばやはりそっちだ。
洗脳モノ、堕ちモノは地雷というか微妙に好みに合わなかったりするものが多いが、これは良かった。
あとは肉体改造というと、結構ドギツいのも含まれてくるが、それに関しても悪趣味(褒めてる)が、その部分だけで特殊性癖となるような系統ではないので安心。
いやまぁ作者の時点で大丈夫なのはわかっていたんだけど。
男の子なら、というか、ウチのブログを見に来るような人間ならば手放しでオススメできる作品であった。
まぁ何が言いたいかというと、待ち続けた以上の価値があった。
閏日とか吸血鬼とか
どうも今日は4年に1度の2月29日である。
だからどうということはないが。
少し気になることはある。
2月29日生まれの人間は、いつ歳をとるのか、である。
そもそも、人はいつ、歳をとるのか。
かつて使われていた、数え年という考え方ならば簡単だ。大晦日を超えて、元日になった瞬間に歳をとる。実にわかりやすい。
だが現在、一般的に用いられる誕生日をもって歳を数えるという方式の場合はいつなのだろう。
誕生日になった瞬間午前0時なのか、誕生日の生まれた時間なのか、はたまた誕生日を24時間経験してからなのか。そして2月29日生まれの場合はどのような扱いとなるのか。
普通に考えれば、前日が終わり、その日がやってきた瞬間に歳をとると考えていいだろう。
2月29日の場合、28日が終わった瞬間、29日はスキップされるが、28日は終わったので歳はとるという感じだ。
まぁ、多分これだろう。
ここまでのこと、調べればすぐわかる。
インターネットは普及し、Yahoo知恵おk……もとい、知恵袋なども揃っている。どうせ気になった人間が調べたあとだろう。
何故、調べればすぐわかることを調べないでこうもつらつらと書いているのか。
それは、考えることが大切だからだ。
もちろん、調べる力は大切だ。特にネットがここまで普及したこの時代、玉石混交、虚実入り混じった情報の中から真実を見つけ出す能力は重要だ。
大学時代にもよく言われたものだが、ネット、特にWikiなんて誰でも書き換えられるんだから安易に情報ソースとして信用してはいけない。
Yahoo知恵袋? あんなもんただの大喜利会場でしょ。
一応言っておくけど、上のは全部俺の勝手な考えで本当かどうかなんてわからん。
ともあれ、考えること、想像すること。
創作にはそれが不可欠だ。
もちろん、事実を調べ、それに忠実に書くことも大切。
しかし、ファンタジーに事実はない。
一般的に浸透し、知られてきたものはあっても、それは先人が想像の末に生み出したものでしかない。
自分自身で新たな世界を生み出すならば、それを必ずしも忠実に守る必要はない。
もちろん、浸透している設定に関しては、そのまま尻馬に乗った方がイメージしてもらいやすいが。
たとえば吸血鬼であれば、血を吸う。日の光と十字架、ニンニク、聖水が苦手。川を渡れない、招かれないと他人の家に入れない、眠るときは棺桶の中で眠る、心臓を白木の杭で貫かないと殺せない、等々。
そんな設定がある。まぁ吸血鬼の設定はヴラム・ストーカーの「ドラキュラ」でつけられた設定が多いか。
ちなみにウチのカルデアではヴラドおじさんはエースである。
吸血鬼は何故、血を吸うのか。
そういう種族だから。
それも結構。とても楽だ。馬鹿にしているとかではなく、楽なことは本当に良いことなのだ。読者にしても、ストーリーに関係ない情報があんまり多くても負担がかかるだけだし。
それでも俺は設定を盛るのをやめないが。
血というのは魔術の触媒に用いられるし、血筋や血統という言葉があるように、その者の系譜を指す言葉でもある。そもそも、体内を循環する血液は命の液体と呼ぶこともできるだろう。
血を媒介に、魔術を扱うことが出来るなら、血を媒体として魔力や生命力といったエネルギーを啜ることもできるだろう。
そんな考え。
吸血鬼は人間と比べて非常に身体能力が高い。その分、燃費もよくないだろう。そのエネルギーを補うために、他者から、血を媒介としてエネルギーを補給している。そんな風に考えている。あくまで俺の創作世界の世界観では、だが。
そこで降って湧いたのがサキュバスの存在だ。
サキュバスは夢魔とも呼ばれるが、俺は吸精鬼という表記を使うことも多い。
血が生命の液体、魔術の媒体と言うならば、同じように体液であり、生命の液体であり、魔術の媒体として利用される精液とて同じだろう、と。
なので、うちの世界観においては、吸血鬼とサキュバスは亜科レベルくらいで同じ感じである。
吸血鬼は精液でエネルギーを補給することもできるし、その逆も然りといった感じ。
どっちも魅了の魔法使えたりすることも多いし。
川を渡れなかったり、招かれていない家に入ることはできない。
この辺は、現代ファンタジーであるうちの世界観には合わないのでただの尾鰭の付いた噂ということで処理している。
あるいは、都市伝説の元となった有名な吸血鬼がカナヅチで川を渡ろうとしなかったのが元となって吸血鬼全般がそういう認識をされている、とかでもいいかもしれない。
白木の杭で心臓を貫かないと殺せない。
吸血鬼の生命力は人間のそれを遥かに上回る。両手両足がもげたくらいなら再生だってするだろう。
でも心臓貫かれたら死ぬよね。白木の杭でなくても死ぬよね。
ついでに頭をふっとばされても死ぬんじゃないかな。
そのくらいのイメージ。
苦手なものについて。
ニンニク、聖水、十字架、日の光。
このあたりが吸血鬼の苦手なものとして主にあがるだろう。
それぞれが苦手とされる理由的なものを考えてみる。
ニンニク。
吸血鬼の身体能力は高い。当然、各種の五感も人のそれと比べて遥かに鋭敏だろう。
人間にとってすら不快となりうるニンニクの強烈な臭気は、嗅覚の鋭敏な吸血鬼にとってはそれはそれはキツいだろう。
そんな感じ。
聖水、十字架。
そもそもうちの世界観において、吸血鬼は邪悪な存在ではない。
なので聖水や十字架を苦手と言う設定は考えていないが、そもそも聖水とはなんだろうか。吸血鬼であれば邪悪なのだろうか。
そういう種族的な正邪の決めつけはあまり好きではない。シスターものは大好きだが。
では聖水とは何か、と考える。
今、ヒロインの小便とか考えた奴はコメント欄に名乗り出ろ。
聖水が、対人外用の魔術具であるとすれば。
そりゃあ、専用に作られた兵器であれば、苦手だろう。
そんな感じにしておこう。次。
日の光。
ほとんどの創作において共通する要素だ。DIO様も苦手だった。カーズ様は克服したが。
吸血鬼的にはこの部分はハズせない部分といえるだろう。いやまぁストライクザブラッドみたいに単に低血圧で朝に弱いだけの設定な吸血鬼もいるが。
癌細胞というものがある。
これが増えると、いわゆるがんになるわけだが。
癌細胞というのは病原体ではない。自分の体内由来の細胞なのである。
吸血鬼の持つ超再生能力は、裏を返せば凄まじい速度での代謝であり、細胞の活性化だろう。
つまり、ひとたび癌が発生した際、体内での癌細胞の増殖は人間のそれと比べて遥かに早いはずだ。
そして日焼けが皮膚がんの原因になると言われることもある。
その辺を複合して「皮膚がんになったときのリスクが人間よりも遥かに大きいため、日光に対して細心の注意を払っている」くらいの感じで考えている。
あとはそもそもが夜行性の種族であり、昼間よりも夜間に向いた身体をしている、というのも。
ちなみにこの癌細胞が超再生で云々という話については、されど罪人は竜と踊るの短編のパクりである。あれは人狼で、皮膚がんではなくて癌細胞の生成咒式だったが。
何かしらの理由付けをするだけで、なんかそれっぽくなる。気がする。あくまで個人的に。
創作をするならば、調べるだけではなく、自分で理由を考えてみるのも面白い。
とまぁ、なんとなくそんな感じの締め方をすると格好良い気がするのだが、どうよ?
で、結局2月29日生まれの人っていつ歳とるの?(調べるのめんどくさい
だからどうということはないが。
少し気になることはある。
2月29日生まれの人間は、いつ歳をとるのか、である。
そもそも、人はいつ、歳をとるのか。
かつて使われていた、数え年という考え方ならば簡単だ。大晦日を超えて、元日になった瞬間に歳をとる。実にわかりやすい。
だが現在、一般的に用いられる誕生日をもって歳を数えるという方式の場合はいつなのだろう。
誕生日になった瞬間午前0時なのか、誕生日の生まれた時間なのか、はたまた誕生日を24時間経験してからなのか。そして2月29日生まれの場合はどのような扱いとなるのか。
普通に考えれば、前日が終わり、その日がやってきた瞬間に歳をとると考えていいだろう。
2月29日の場合、28日が終わった瞬間、29日はスキップされるが、28日は終わったので歳はとるという感じだ。
まぁ、多分これだろう。
ここまでのこと、調べればすぐわかる。
インターネットは普及し、Yahoo知恵おk……もとい、知恵袋なども揃っている。どうせ気になった人間が調べたあとだろう。
何故、調べればすぐわかることを調べないでこうもつらつらと書いているのか。
それは、考えることが大切だからだ。
もちろん、調べる力は大切だ。特にネットがここまで普及したこの時代、玉石混交、虚実入り混じった情報の中から真実を見つけ出す能力は重要だ。
大学時代にもよく言われたものだが、ネット、特にWikiなんて誰でも書き換えられるんだから安易に情報ソースとして信用してはいけない。
Yahoo知恵袋? あんなもんただの大喜利会場でしょ。
一応言っておくけど、上のは全部俺の勝手な考えで本当かどうかなんてわからん。
ともあれ、考えること、想像すること。
創作にはそれが不可欠だ。
もちろん、事実を調べ、それに忠実に書くことも大切。
しかし、ファンタジーに事実はない。
一般的に浸透し、知られてきたものはあっても、それは先人が想像の末に生み出したものでしかない。
自分自身で新たな世界を生み出すならば、それを必ずしも忠実に守る必要はない。
もちろん、浸透している設定に関しては、そのまま尻馬に乗った方がイメージしてもらいやすいが。
たとえば吸血鬼であれば、血を吸う。日の光と十字架、ニンニク、聖水が苦手。川を渡れない、招かれないと他人の家に入れない、眠るときは棺桶の中で眠る、心臓を白木の杭で貫かないと殺せない、等々。
そんな設定がある。まぁ吸血鬼の設定はヴラム・ストーカーの「ドラキュラ」でつけられた設定が多いか。
ちなみにウチのカルデアではヴラドおじさんはエースである。
吸血鬼は何故、血を吸うのか。
そういう種族だから。
それも結構。とても楽だ。馬鹿にしているとかではなく、楽なことは本当に良いことなのだ。読者にしても、ストーリーに関係ない情報があんまり多くても負担がかかるだけだし。
それでも俺は設定を盛るのをやめないが。
血というのは魔術の触媒に用いられるし、血筋や血統という言葉があるように、その者の系譜を指す言葉でもある。そもそも、体内を循環する血液は命の液体と呼ぶこともできるだろう。
血を媒介に、魔術を扱うことが出来るなら、血を媒体として魔力や生命力といったエネルギーを啜ることもできるだろう。
そんな考え。
吸血鬼は人間と比べて非常に身体能力が高い。その分、燃費もよくないだろう。そのエネルギーを補うために、他者から、血を媒介としてエネルギーを補給している。そんな風に考えている。あくまで俺の創作世界の世界観では、だが。
そこで降って湧いたのがサキュバスの存在だ。
サキュバスは夢魔とも呼ばれるが、俺は吸精鬼という表記を使うことも多い。
血が生命の液体、魔術の媒体と言うならば、同じように体液であり、生命の液体であり、魔術の媒体として利用される精液とて同じだろう、と。
なので、うちの世界観においては、吸血鬼とサキュバスは亜科レベルくらいで同じ感じである。
吸血鬼は精液でエネルギーを補給することもできるし、その逆も然りといった感じ。
どっちも魅了の魔法使えたりすることも多いし。
川を渡れなかったり、招かれていない家に入ることはできない。
この辺は、現代ファンタジーであるうちの世界観には合わないのでただの尾鰭の付いた噂ということで処理している。
あるいは、都市伝説の元となった有名な吸血鬼がカナヅチで川を渡ろうとしなかったのが元となって吸血鬼全般がそういう認識をされている、とかでもいいかもしれない。
白木の杭で心臓を貫かないと殺せない。
吸血鬼の生命力は人間のそれを遥かに上回る。両手両足がもげたくらいなら再生だってするだろう。
でも心臓貫かれたら死ぬよね。白木の杭でなくても死ぬよね。
ついでに頭をふっとばされても死ぬんじゃないかな。
そのくらいのイメージ。
苦手なものについて。
ニンニク、聖水、十字架、日の光。
このあたりが吸血鬼の苦手なものとして主にあがるだろう。
それぞれが苦手とされる理由的なものを考えてみる。
ニンニク。
吸血鬼の身体能力は高い。当然、各種の五感も人のそれと比べて遥かに鋭敏だろう。
人間にとってすら不快となりうるニンニクの強烈な臭気は、嗅覚の鋭敏な吸血鬼にとってはそれはそれはキツいだろう。
そんな感じ。
聖水、十字架。
そもそもうちの世界観において、吸血鬼は邪悪な存在ではない。
なので聖水や十字架を苦手と言う設定は考えていないが、そもそも聖水とはなんだろうか。吸血鬼であれば邪悪なのだろうか。
そういう種族的な正邪の決めつけはあまり好きではない。シスターものは大好きだが。
では聖水とは何か、と考える。
今、ヒロインの小便とか考えた奴はコメント欄に名乗り出ろ。
聖水が、対人外用の魔術具であるとすれば。
そりゃあ、専用に作られた兵器であれば、苦手だろう。
そんな感じにしておこう。次。
日の光。
ほとんどの創作において共通する要素だ。DIO様も苦手だった。カーズ様は克服したが。
吸血鬼的にはこの部分はハズせない部分といえるだろう。いやまぁストライクザブラッドみたいに単に低血圧で朝に弱いだけの設定な吸血鬼もいるが。
癌細胞というものがある。
これが増えると、いわゆるがんになるわけだが。
癌細胞というのは病原体ではない。自分の体内由来の細胞なのである。
吸血鬼の持つ超再生能力は、裏を返せば凄まじい速度での代謝であり、細胞の活性化だろう。
つまり、ひとたび癌が発生した際、体内での癌細胞の増殖は人間のそれと比べて遥かに早いはずだ。
そして日焼けが皮膚がんの原因になると言われることもある。
その辺を複合して「皮膚がんになったときのリスクが人間よりも遥かに大きいため、日光に対して細心の注意を払っている」くらいの感じで考えている。
あとはそもそもが夜行性の種族であり、昼間よりも夜間に向いた身体をしている、というのも。
ちなみにこの癌細胞が超再生で云々という話については、されど罪人は竜と踊るの短編のパクりである。あれは人狼で、皮膚がんではなくて癌細胞の生成咒式だったが。
何かしらの理由付けをするだけで、なんかそれっぽくなる。気がする。あくまで個人的に。
創作をするならば、調べるだけではなく、自分で理由を考えてみるのも面白い。
とまぁ、なんとなくそんな感じの締め方をすると格好良い気がするのだが、どうよ?
で、結局2月29日生まれの人っていつ歳とるの?(調べるのめんどくさい
シナリオ書いたり
どうもADUです。
情報公開となったので既にTwitterの方では言ってしまっていますが、TOUCHABLE様の18禁PCゲーム『想聖天使クロスエモーション』にて、シナリオの一部を担当させて頂きました。
一部といっても、一章分です。どこを私が担当したかというのはまぁ、プレイしていただければわかるかと。
来月、3月25日(金)発売予定となっております。どうぞよろしくお願いします。
主人公でありヒロインでもある女の子の変身後の名前が『クロスエモーション・エンジェライト』なんですが、何度も何度も書いていたら混ざってきて『クロスアンジュ』って打ち間違えたり。天使と竜の輪舞曲ではない。
それにしても最近、ふたなりだとか男の娘だとか、そういう感じでチンコばっかり書いてる気がします。
俺の男の娘モノなんて見たことない? いや、一応書いてるんですよ今。えぇ。上半期中には見せられる、かなぁ……?
今年はクオリティを担保しつつ、生産力を上げていきたいなぁ、なんて思っております。
小説書きということのはずだったんですけど最近はなんかシナリオライターっぽい印象になってきた気が。
単に小説を書いていないだけとも言うが! 良くないね!
情報公開となったので既にTwitterの方では言ってしまっていますが、TOUCHABLE様の18禁PCゲーム『想聖天使クロスエモーション』にて、シナリオの一部を担当させて頂きました。
一部といっても、一章分です。どこを私が担当したかというのはまぁ、プレイしていただければわかるかと。
来月、3月25日(金)発売予定となっております。どうぞよろしくお願いします。
主人公でありヒロインでもある女の子の変身後の名前が『クロスエモーション・エンジェライト』なんですが、何度も何度も書いていたら混ざってきて『クロスアンジュ』って打ち間違えたり。天使と竜の輪舞曲ではない。
それにしても最近、ふたなりだとか男の娘だとか、そういう感じでチンコばっかり書いてる気がします。
俺の男の娘モノなんて見たことない? いや、一応書いてるんですよ今。えぇ。上半期中には見せられる、かなぁ……?
今年はクオリティを担保しつつ、生産力を上げていきたいなぁ、なんて思っております。
小説書きということのはずだったんですけど最近はなんかシナリオライターっぽい印象になってきた気が。
単に小説を書いていないだけとも言うが! 良くないね!